種々雑食

好きなコトだけ。

世界中の人々に唯一平等なものは何か

 すべての人に唯一平等なもの、それは時間である。死、と言い換えてもいいかもしれない。生まれた瞬間からカウントダウンが始まる。オバマ大統領にもアントニオ猪木にも猫ひろしにも等しい時間が流れている。中学二年の頃だったかにそのことに気がついた。はて時間だけが平等なのだったらば上手に使わねばいけないのでは無いか。

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 写真は時間には特に関係なくとある定食屋の生姜焼き定食。
 何をするのが一番いいか。最初にとった行動は「寝ない」だった。頭が悪すぎるが所詮中学生の考える事。寝ないで人よりも多くの時間を使おうと思ったのだが中学生が起きていられる時間などさして長くはなく意味がなかったしすることもない。そこから更に考えた。時間を「有効に使う方法」を見つけようと。
 結論から言うと「読書」「映画鑑賞」「レコード鑑賞」の3つになった。何故かと言うと本は作者の人が長い年月を書けて書き上げたものをその何十分の1の時間で読むことができる。映画も何百時間という撮影時間の中の最高の部分を1時間~2時間程度で享受できる。レコードについても同じだった。中学生の考えそうなことだ。これを思いついた時には天才だと思ったがもちろんそんな大した事ではなくみんながごく普通にやってることだった。
 そしてそれぞれに対してノートを作った。一行でもいいから感想を書くようにした。気になってセリフでも綺麗だった女優でもイイ。これに関してはやっててよかったと思う。捨てられていなければ今でも実家の押入れには10何冊かの大学ノートが眠っている。読んでみたい気もするがそのままにしておいたほうがいいかな。もう実家に行くことがないからどっちにしても読めないけれど。
 時は過ぎて社会人となった頃(この頃も習慣としてノートはつけていた)結局は人に会うのが一番効率がいいと思うようになった。例えば25歳の人と会った時は25年間その人が育んできたポテンシャルと対峙することになる。これは本や映画とは全く違う新しい時間の引き出し方だった。仕事を選ぶときも毎日違う人に会えるからと営業職や飲食業を好んだ。どんな人にもそれぞれにドラマがありそれは面白いネタの宝庫だった。女性でも男性でも同じ。各人の「時間」がもたらしたものを見つめる。
 若いうちに海外に行っておけ!みたいなオッサン思考は(悩みがあるなら)ソープに行け!的な謙三っぽい手垢がつきすぎているかもしれないけれどやっぱり行くといいと思う。悩みがあってソープに行くのもいいと思う。違う場所で違う時間を過ごしていた人たちと出会うのは決して悪いことではない。自分の過ごしてきた時間をより強く感じられる。そして若いうちにしか使えない時間がある。半年でも一ヶ月でも行ってみたらいい。
 そして最近では無為に長生きするのこそが一番の時間の無駄で意味が無いのではと思い始めている。父親が倒れて一年弱で亡くなったのだが彼は定年になった途端に倒れてしまった。これからの余生を楽しもうというところで。仕事が彼の何かを支えていだんだろうか。病床で管を繋がれて目も開けない彼を見ながら彼にとっての時間は何だったんだろうと思った。今となってはわからない。