種々雑食

好きなコトだけ。

『さくらの唄』が好き、というわかりやすさ

 『さくらの唄』という安達哲の漫画がある。安達哲の作品としては『お天気お姉さん』とか『バカ兄弟』の方が世間的な認知度は高いんだろう。ちなみに俺は漫画は全く詳しくない。また『さくらの唄』を語った文章は数多くあるので今更書くほどでもないんだけどなんとなく書きたいので書く。ネタバレ多数だが枯れたマンガでもあると思うのでもういいだろう。気になる方は飛ばして欲しい。

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 この人の描く「青春」はある一定の人間(というかある一定の男子)には非常に刺さる。『ホワイトアルバム』~『キラキラ!』と読み進めた読者は次に『さくらの唄』と出会った。前二作は少年マガジンの連載。それぞれ高校生の青春を描いた佳作だ。『さくらの唄』はヤングマガジンに場所を移して連載が開始された。個人的にはキラキラの恵美里が好きだったので新連載には期待していた。

 連載第1話、4コマ目で美人の美術部担当教師・三ツ輪のアップ、その次の5コマ目でその美人教師の黒タイツ脚組み。7コマ目に主人公・市ノ瀬のアップ。背景は白ベタだ。そして第一話のタイトルは「小さな若者」。ただの若者ではなく小さな若者、だ。この市ノ瀬のアップでもうゾクゾクした。三ツ輪の衝撃的な告白後、教室ではエロ本を持ち込んだ犯人探しが始まる。槍玉に上がったのは不良グループ。反抗する彼らの迫力に犯人探しは有耶無耶に終わるが最後に教師が言葉を突きつける

 「お…おまらは…クズだっ」

 「おまえら学校の庇護の下でヌクヌク ワル気取ってるだけッ」

 「そーだ外へ出りゃ自分がいかに非力か思い知る 将来大人になってさまざまな苦労があると願いたいね」

 次のコマで不良三人組の内一人・柳原がグッとこらえた表情で教師を睨む。他の二人は目線を下げ一人は冷や汗まで流している。次のコマはページが変わってそれを茶化すようなカキワリのセリフ。この一連の描写は安達哲の真骨頂だと思う。柳原のようにストレートな感情の爆発をさせることも出来ず市ノ瀬程の達観したナイーヴさも持ち合わせておらず。不良グループの取り巻きの名もない冷や汗を流している方なんだなぁと第一話の数ページ目にで俺は思い知らされた。そして第1話33ページの中にあまりにも濃度の高い話が次々に展開していく。後に柳原は場末の水着パブで大人に出会いこう罵られる

 「外じゃ大人も生きとるんじゃー」

 「ガッコウで吠えとれ学生!」

 柳原達は素直に感心する。その後の学生たちの会話と仲村さんに気まずい場面であってしまうタイミングの悪さ。この一連の描写も異様にリアルだった。

 この連載当時俺はFランの大学生。主人公達よりは若干年上だったが精神構造はほぼ変わらない。事情があって一切の金を自分でアルバイトしつつ一人暮らしをしていて当時は大人(というか世間)に対して憎悪にも近い感情を抱きながら生きていた。その中でこの漫画が貫いてきた刃はとてつもなく鋭かった。

 1話の最後のほうで市ノ瀬は言う

 「先生が愛を描けといっているような気がした」

 そしてめくるめく愛が展開していく。第3話のタイトルが「俺は画塾に通うが、そんなことは誰も知ったことではない」だ。なにか元ネタがあるのかもしれないが素晴らしいタイトルだと思った。お調子者で要領のいい美術部員・新美が出てくる。こいつのキャラ立てもとてもいい。みんな1人2人は思い当たるタイプ。画塾の先輩として市ノ瀬と歩いていると同じ画塾のメンツに出会う

 「いよーうニイミちゃーん」「よーミッキー」(ハイタッチ!)

 「あらこちらは?」「セイムスクールフレンド」

 「あっらーキャハハッ」

 「ねえねえ山内くんに似てない?」

 「ぐえーやめてやめて あの男の話はやめて!」

 この流れも凄い。絵も見て欲しい。これ読んだ時にゼッタイにこういう人種にはなりたくないと感じた。その流れを受けた市ノ瀬が心で思う

 「なんだこいつら」「アホウか?」

 もうホントに凄い。でも世間的にはきっとニイミちゃーんの方が受け入れられていくし出世していくんだろう。それでもあの不気味さには耐えられない。そのニイミちゃーんは後に金春の力に翻弄された市ノ瀬に屈服する。そしてマドンナ・仲村真里との出会いや愛憎。そして最終的にすさまじい顔の彼女から放たれるセリフ。

 「いったでしょう?もう近寄らないでよ」

 「前からちょっと思ってたけど あなたってやっぱり気持ち悪いわ」

 実はこのセリフには長いフリがあると思う。市ノ瀬が初めて仲村の家に行った時に偶然出会った時の仲村のセリフ

「やだあ」「なにしてんのよう あんた」

 表情も含めてこれは本心だったんだと思う。深淵。

 

 と、正直このまま書き続けていてもどうにもなんないから内容はもう端折るけどあの頃の俺には本当に衝撃的な漫画だった。『キラキラ!』ですでにこの漫画に続く片鱗はうかがえたけれどここまで来ちゃうとは思いもよらなかった。三ノ輪が体育館の舞台上でオナニーしちゃう描写はちょっとリアリティ無いなぁって引いた記憶あるけど。最終回は淡々と過ぎていくがこれはこれでいいと思う。現実社会での市ノ瀬はここまでの成功はきっと出来ないのだろうけれどそこは漫画だ。作者自体も救われたかったのではないかと思った。

 好きな漫画は何?って聞かれて『さくらの唄』っていうのは、好きな映画は?って言われて『トレインスポッティング』って言っちゃう感じの厨二丸出し感があってダサいのかもしれないけれど何周か廻って俺は好きだと素直に言えるようになってる。わかりやすくそういう方にカテゴライズされてもいいや、という感じだ。あの多感で鬱屈とした時代にこの作品をリアルタイムで読めたのは良かった。今読みなおしてみると高校教師達や今春夫妻の事もわからんでもなかったりする。当時にそれを分かってしまっていたらこの漫画の魅力は半減してしまっていたであろう。その後の『幸せのひこうき雲』にも色々と思うことはあるがここでは書かない。

 余談だがこれと同じくらいの衝撃を与えられたのは古谷実の『ヒミズ』だった。しかし残念ながらこれを読んだのはもういい年のおっさんになってからだ。読後に感じたのは若い頃に読んでみたかったというコトだった。最初に書いたように漫画には詳しくないので同じような傾向の漫画を知っている方がいたらぜひ紹介して欲しい。